2018年04月12日

パソコントラブル

ご飯を食べながらパソコンを開くのが日課である。
ある日のこと、いつものようにパソコンを開いてデスクトップ画面を見て「おや?」となった。

いつもと違う・・・・。

壁紙の背景が違う。よく見るとアイコンも減っている。さらによく見るとファイルが喪失している。インターネットにつなごうとすると、いつも使うグーグルクーロムのアイコンもない。

――フリーズ
パソコンではなく使用者のニンゲンがフリーズした。

「どうなっているんだ・・・・」

冷静さを取り戻すために食事を続けようと、ご飯をかきこんだが味がしない。動揺しているようである。

が、考えてみればどってことないはずである。
もし、かりに、最悪を想定し、ウイルスでパソコンのデーターがそっくり喪失したとしても、もう一台のパソコンにデーターが入っている。もっと最悪を想定し、そのパソコンが使えなくなったとしても、グーグルドライブにもデーターが保存してある。恐るるに足らず、である。が、ご飯の味がしない。精神の弱さ、胆力のなさが露呈した。情けない。

ご飯を食べ終え、
「さて・・・」
考えた。
どうすべきか。

取り敢えず、インターネットにつなごう。グーグルクーロムはトップ画面から消えていても、他のところで見つけ出しそこからネットに入った。設定も変わってしまい、日本語設定から英語バージョンになっていて使いにくいがそこは我慢。ググって見るとヤフー知恵袋に自分とよく似た相談があったのでそれを参考に対処を試みる。

まずはリスタート。
――直らない。
この単純動作で直ってくれればありがたいがダメだった。

ヤフー知恵袋に答える賢者は、細かく対処を書いていてくださるので、それに従い、プログラム地下の「ディープワールド」に潜入していった。その道の専門家からしてみばそんなもの「ディープワールド」でもなんでもなく、散歩程度の街歩きかもしれないが、慣れない者にしてみればどこに連れて行かれるのかわからない恐ろしい闇の世界である。

パソコンをリスタートしF8ボタンを連打すると初期化画面が出る。それから、云々カンヌンして、とある扉を開いて、とある部屋に入っていき、「システム復元」というのをした。なぜそうするのかよくわからないし、説明を読んでも理解出来ないがそうすると直るらしい。いや、直る確率があるらしい。

パソコンはしばらくの停滞後、いつもの画面に復活した。直った!
「ホッ」と一息。

今回はプログラムのバグ程度の問題だったようだが、もっと大事件に遭遇、コンピュータのプロ集団のハッカーにかかっていたらどうなっていたか。小生のようなプログラムになんら知識のないマヌケなユーザーは、簡単に乗っ取られていただろう。デジタルは便利ではあるが、専門家外の使用者は、無抵抗のままゴッソリやられそうな危険な空気を感じる。

が、しかし、小生のようなビンボー人のパソコンに侵入しても、クレジットカードも株の売買も何もしないので、取り立てて盗られるものもないのが幸いというか、強みというか、情けなさというか・・・・。

普段はコンピュータによって便利さを享受しているが、メンドーが起きると一転、その複雑さ故に恐ろしく不便をこうむり、両手足を縛られムチを打たれる。何かを得れば何かを失う。世界とはそういうものなのだろう。

posted by 逍遥居士 at 18:50| Comment(0) | パワーニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

タイ・コンビニ店員募集

大手コンビニ(独占状態)にスタッフ募集の垂れ幕があった。
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内容を簡単に要約すると、
@給与 日給320バーツから
A休み 1週間に1回
B夏休み 年に6日
C年末年始休暇 13日以内
Eボーナス年2回

1ヶ月(30日)休みなく働いたとしても9600バーツ。タイは物価が安いとは言われるが、毎年の物価上昇は激しく、これではニンゲンらしい生活(文化的な生活)を営むのはむずかしそうである。これで家族を養うと考えると目の前が暗くなる。

コンビニ店員の1ヶ月を想像すると、
安アパート3000バーツ(電気代、水道代込み) 
食費1日100バーツとして3000バーツ (食堂の麺、最近は30〜60バーツ、喫茶店でコーヒーを飲むと40〜100バーツ)
ケータイ料金、ガソリン代 1000バーツ(安い料金プランを考慮)
保険、ローン、公共料金 1000バーツ
雑費(石鹸、洗剤、散髪、薬、衣服、化粧品、お菓子など)1600バーツ

これでピッタリ9600バーツ。お財布の中は空っぽになる。

まだ大手コンビニは一応世間から監視されているのでマシかもしれない。監視されていない労働者の待遇はもっと酷いだろう。

これじゃあ、労働者もやる気が出まい。もちろん、やる気満々のコンビニ店員なんか見たことがないが。

労働者にはお金は回らないのなら、この社会で一体誰が儲けているのだろう。
経営者、株主、地主・・・・、そんなところか。

教育もまともに受けられない貧困者は貧困のループからどうやって抜け出ることができるのだろうか。
政治に期待?  

合掌 南無阿弥陀仏
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2018年03月03日

ピカピカの病院

タイで長期滞在するためにはビザが必要である。さらに働くためにはワークパーミットというのが必要になる。ワークパーミット取得時に健康診断というのが義務付けられているので、年に一回大きな病院に行かなければならない。毎年、ラジャーべ―病院という大きな病院の中でも、とりわけ規模の小さい病院に行っていたが、去年引っ越して遠くになったため、今年はチェンマイラム病院というところへ行った。外国人には定番の病院である。昔々、行ったことがあったので病院の診察券があったかしらと探してみたら10年前のが出てきた。月日が流れるのが早く感じる。

その診察券やパスポートなどを携えてチェンマイラム病院へ行ってきた。建物は前と同じだと思っていたら、「健康診断はここの建物じゃない」といわれ、電動自動車に乗せられて数分の距離にある別棟の建物へ行かされた。しばらくご無沙汰しているとシステムも設備も変わってしまい、便利なシステムへ変わっているのはありがたいが、新参者にとってその新しいシステムに飛び乗るのに戸惑わされる事が多い。現代の浦島太郎である。

そして浦島太郎くんは、運転手から「ここだ」と指示された建物の前で電動自動車から下ろされた。中に入るとこんな感じ。
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チリひとつ落ちていないピカピカの近代設備である。

ここでも効率的に設計されたシステムは迅速に回り出す。受付で事情を説明しパスポートなどを渡す。「名前を呼ばれるまで椅子に座っていてください」とソファーへ移動させられしばらく待ち、名前を呼ばれたら担当者のお姉さんに案内され狭い部屋で体重や血圧を測り、またソファーへ移動。また名前を呼ばれたら、担当者のお姉さんに診察室へ連れて行ってもらい・・・、などなど。

担当者のお姉さんは、この新しい職場での仕事が長くないのだろう、仕事に倦んでおらずスリッかれておらず、ぎこちなく微笑みを浮かべテキパキと仕事をしている。タイではこういうのは珍しい。去年の病院では、次どうするの?と担当の年配女性に聞いても目も合わさずケータイでずっとおしゃべりをしていた。それに比べ、新しい病棟は担当者も初々しい。

健康診断の料金は276バーツだった。去年の病院は230バーツ。サービスや設備を比べると、少し高くとも新しいほうがよさそうである。

しかし、こんなピカピカな設備、利用できる人はタイでも恵まれた階層に属する人であろう。お金を多く出せばいいものを得られるが、貧乏人は相手にされない。アメリカ型資本主義は世界中に浸透し、しばらくのうちに中間層が貧困層に飲み込まれ、一摘みの富裕層がもっとピカピカ広々の医療を受けることになるだろう。ピカピカ眩しい光の下には、深い闇が大きく広がっていることを決して見逃してはいけない。

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2018年02月18日

野生の孔雀

チェンマイ大学キャンパス内にアーンケオという大きな池がある。周囲1キロ以上はありそうなので池というより湖といいたくなる大きさである。
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そんな池の周りをぼんやり散歩中に「あっ」と声が出てしまうような住人に出会った。まずは写真を見ていただきたい。
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見づらいと思うが写真の中央に鳥が写っているかと思う。
そう、これは「孔雀」である。
こんなチェンマイという都市に野生の孔雀が生息していたとは。久しぶりにワクワクする気持ちにさせてもらった。

実際には10メートルほどの至近距離に近づいて写真を撮ったが、いかんせんスマホのカメラ、望遠がないので小さくしか写らない。写真をもっとうまく撮ろうと更に至近距離へ近づいたが、孔雀に警戒され逃げられてしまった。こういうときは望遠が使えるデジカメが役に立つが、スマホを持ち出してからデジカメの出番は全くなくなってしまった。写真を見るとやはり物足りない。実際に肌で感じられた野生の鳥が醸し出す一種の崇高さがまったく感じられない。

しかし、こんな大型の鳥、それなりに食事量も多いと思うが何を食べていらっしゃるのだろう。生息数を増やしてほしいものだが、排気ガスと騒音でまみれるこの町の近辺で生き抜き、子孫を増やしていくということはそう簡単なことではなさそうだ。

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2018年02月04日

BNK48、タイに上陸

「AKB48」という秋葉原に劇場を持つ女子アイドルグループがいる。秋元康というプロデューサー、「いかがわしい人」といったら失礼になるので、昔「おニャン子クラブ」というアイドルグループをプロデュースして、「セーラー服を脱がさないで」という「いかがわしい歌」をヒットさせた人、彼がプロデュースするアイドルグループである。

そのグループが御存知の通り日本の芸能界で勢力範囲を広げ、さらには、名古屋版SKE48、大阪版NMB48、福岡版HKT48と姉妹グループが増殖し、それどころか世界進出まで果たし、インドネシアではJKT48、中国ではSNH48というのを生み、それがとうとうタイにまでやってきた。

その名も「BNK48」、こういうオタク文化は国内だけでコッソリやっていてもらいたいものだが、営業がうまいのか、アジアではそういうオタク傾向が強いのか、どういうわけだか、タイのテレビではBNK48は若者たちに大人気になっているようである。

(歌)Koisuru Fortune Cookie คุกกี้เสี่ยงทาย
https://www.youtube.com/watch?v=mfqJyKm20Z4

https://www.youtube.com/watch?v=eFPauBydNeU
こちらはタイのバラエティー番組。BNK48出演は10:30頃から。日本人も2人混じっているらしく、タイで有名なお笑い芸人の司会者にイジられている。14:55頃から。タイ語がほとんどできないので痛々しい。人気者になれるだろうか。

posted by 逍遥居士 at 20:42| Comment(0) | パワーニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

2017年SINCEのまとめ

2016年の暮れから始めた「SINCE GO」、2017年は計94枚のSINCEを集めた。100枚に到達しなかったが、めでたしめでたしである。「だから何なんだ」という呆れた声が聞こえてきそうだが、ま、そういうことである。  

2017年度のSINCEは計4枚捕獲した。去年の「サイシンス(最新ス)」である。
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94枚のシンスを集めたが、残念ながらすべての年代に関して通し(ストレート)で揃っていない。例えば、1999年シンスと1992年シンスは6枚もあるが、1997年は一枚もないので1990年代がコンプリートしない。2000年代も2000年、2001年、2005年、2008年が歯抜けである。農作物と同じようにシンスも豊作の年と不作の年があるようである。

2010年代はいまのところすべて揃っているが、2018年のサイシンスはまだである。どこで見つかるか、なかなか楽しみである。もちろん、シンスを集めたからといって、なーんにもならないが・・・・。

posted by 逍遥居士 at 15:59| Comment(0) | パワーニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

元旦2018年

深夜12時、部屋から花火の音が聞こえた。毎年、年が明けると花火が鳴る。しかし、個人なのか団体なのか行政なのか、誰がどこから花火をしているのかは全く知らない。

あけましておめでとうございます。
無事年が明けました。
地球は例年通り太陽の回りを自転しながら回転し、太陽は例年通り光とぬくもりを放射し続けてくれている。大火山もなく、大地震もなく、大津波もなく、大暴風雨もなく、株価通貨の大暴落もなく、当たり前に社会が運行している。

ありがたい。

当たり前は崩れ落ちたとき、その当たり前に気づかされることが一般なので、当たり前が静かに微笑んでくれているうちに感謝しておいたほうがよさそうである。

本日お正月のチェンマイ。
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休みの店も多く、車の混雑もいつもより少ない。
人々はのんびりしているためか、街のピリピリ感が薄く、一昔前のユルかったチェンマイに戻ったようである。

日本では初詣は神社へ出かけるが、タイでもそのような宗教施設へ出かける習慣があるのかちょっと気になり、スワンドク寺院へ行ってみた。
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人々がお参りに来ていないわけではないが、日本のような大混雑ではないので、初詣という習慣がないのだろうと思われる。

しかし日本の習慣、年が明けると仏教寺院に行き除夜の鐘を鳴らし、初詣は神社へ行って神様に祈る、というその節操のない宗教感覚が、外国から眺めるとおかしく感じる。鐘を鳴らして煩悩を消し、その足で神社へ行ってお願い事をして煩悩を生む。いいのか悪いのかわからないが、一神教のようなすっきりした思想体系の中で生きている人から見ると、その矛盾に不思議な気がするだろう。

それはともかく、手を合わせる霊的な装置が町のいたるところにあるということは、その町の空気を浄化するために大切だと思う。オッサンになってようやくそういうことに気づいてきた。できれば、ある程度の広さの、鬱蒼とした意味のない森のようなものがあると、その町はもっと住み心地がよくなると思う。人工的なもの、合理的なもの、科学的に説明可能なもの以外の意味不明なもの、いわゆる「自然」といわれるものを、町はある程度抱え込んでいてほしい。

posted by 逍遥居士 at 20:15| Comment(0) | パワーニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする