2017年10月02日

足首をひねった

昼頃出かけようと、いつものように当たり前にアパートの階段をボヤ―と降りていたときのこと。「ハッ」と思った瞬間、グネっと足首が曲がって尻もちをついた。着地した右足に分厚い足ふきマットがあり、そのマットに足が半分はみ出して着地したらしく、足首をひねってしまった。

「足首の筋が伸びたゾ」と焦ったが、パキともポキとも切れた感覚がなかったので、「大丈夫だろう」と立ち上がった。足首は動くし、歩くことに支障はなかった。「やれやれ」。

「何だ、この足マット!」
いくぶん苛立ちを覚えながらマットを観察すると、予想以上に分厚いようで、6センチぐらいありそうである。これぐらい分厚いとそりゃ足首をひねって倒れるわけだ。

足首に鈍い痛みがあるので恐る恐る歩いた。

数時間後、用事を終えて部屋に戻り、取り敢えず昼寝休憩。数時間後、寝て起きたら急に強く痛みだした。座っているだけでガンガン痛む。「まずいゾ」と思い、足首を観察するが腫れている様子はない。大丈夫そうだがやけに痛むのでビッコを引いて歩かなければいけなかった。もう一つ夕方に用事があったので必死で痛みをこらえて出かけ、夜に帰宅した。

いつものようにシャワーを浴び、体を拭こうとしたらやけに寒く感じる。足の治療のため、体の抵抗力がそっちに回って、体が冷えているようだ。

数時間おとなしく椅子に座っていると、少しずつ痛みが和らいできた。翌日には、まったく痛みもなく普通に生活できた。

あの痛みは、体が精一杯治療をしてくれていた証だろう。道路工事に騒音が起こると同じである。生命の神秘といってもいい。体に何も命じなくても、最良で的確な仕事をしてくれる。ありがたや、ありがたや。でも、体重のかかり方次第でプツといっていたら、大変な事態になっていた。油断大敵。天災は忘れた頃にやってくる。気をつけるべし。

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2017年09月13日

タイと犬

夕暮れ時のお寺の礼拝堂、僧侶が集まり読経をしている。そんな厳かな光景をパシャリ。
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が、こういう場に犬がゴロリとしている。いかにもタイである。

どうしてタイにはたくさん野良犬がいるのか、何事もきっちりと分別をつけたがる西洋人や日本人にしてみればもどかしくもある。

どうして野良犬なのか?

考えてみるに、犬を許容してしまう懐の深さは、宗教観からきているように思われる。仏教では、殺生は禁じられているし、輪廻の思想がある。あの犬も前世は人間だったかもしれない、人間に生まれたくても犬にしかなれなかった気の毒な存在なのだと、犬と人間の間に上下関係を作らず、同じ目線で犬を見る。

キリスト教はそうはいかない。神がいて、その神の子が人間である。人間は神の子なので、自然を自分たちの都合がいいように開発し、管理しなければならない。自然はイイものではなく、我々を困らせる存在だという前提である。だから科学が生まれ、現在の社会システム(大量生産、大量消費、大量廃棄)が生まれた。

犬はペットとして飼うべきで、危険な野良犬は西洋社会では許されない。どうしても、神か悪魔か、白か黒かと二分方式のはっきりしたものになり、「ま、適当に」「いい塩梅に」という曖昧さ、グレーゾーンでは放っておかれない。西洋でも日本でも野良犬がいたら保健所が即、処分である。人間社会のために当然のことである。

日本は完全に西洋化してしまった。自然を改変していくという考えは、明治時代の市民は受け入れにくかったと思う。なんせ「山川草木悉皆成仏」である。自然は手を合わせる存在である。精神の葛藤をきれいに拭い去るために、時の政府はいろんな政策、例えば廃仏毀釈などの宗教放棄を行ったのだと思う。テクノロジーと経済を発展させることが立派な国だという観念を植え付け、それを常識と化してしまった。もうお寺に野良犬がゴロゴロしている風景はもう日本では見られない。そんなものはジャマなだけだから。

でもタイはまだ、人間の自然支配(西洋化)について、はっきりとした立場をとれていない。仏教思想に頼れば、貧乏になるし、経済は発展しないし、不便なままである。仏教を放棄すれば、社会の表向きの発展はなされるが、国のアイデンティティを失う。現在は曖昧な立場で経済と便利さだけのいいとこ取りをしようとするから、社会を管理しきれず、交通渋滞は起き、ゴミは散乱し、川は汚れていく。

お寺で寝そべる犬は、西洋化を拒む最後の砦なのかもしれない。犬がお寺にいなくなったとき、お寺には仏像ではなく十字架が安置されているかもしれない。

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2017年08月06日

妖怪ケムさん

ケムさんに出会った。ムーンサーン寺というマイナーなお寺近くの細い路地だった。ケムさんに出会うときはいつもこのように、誰か知り合いに会うなんてまったく思ってもいない意外な場所で、不意に出会う。前回は安いベジタリアンの食堂で飯を食べていると、背後から低い声で「お金をください」と囁かれ、振り向くとケムさんがヒヒヒと独特の笑い方をして突っ立っていた。

ケムさんは仕事が不明である。自称・英語のガイドと言っているが、一人一台スマホを持ち情報を収集する時代、ガイドの仕事も先細りで、しかも、ガイド向けの性格(信頼でき何でも任せられるとか、情報通だとか、フットワークが軽いとか、愛嬌があるとか)でもないので、頻繁に仕事があるとは思えない。以前は寺男(お寺の雑用係をして住む場所と小遣い銭を提供してもらう)をやっており、それはノラクラしている彼にとって天職に思えたが、なぜだか寺男からも遠ざかってしまった。それ以前、象使いの見習いをやっていたことがあると聞くが、それも長く続かなかったらしい。長く続くのは意味不明なまま、フラフラしている状態のときだけである。

ケムさんと話すときはタイ語と英語と日本語を混ぜて話す。ケムさんは日本語をカタコト話すが、それは会話が成立する一歩手前の「使えない状態」なので、会話として成立しない。ケムさんが話すことといえば、「ニホンジンのオンナ」、ほとんどそれである。彼は日本女性が大好きならしく、町で日本人女性を目ざとく見つけ、話しかけるという活動を勤勉にしている。なぜ、そのことに情熱を燃やすのか、それというのも彼の昔のワルイ仲間達が日本語を身に着け、それでもってナンパに励んで性愛を充実させ、最終的には結婚して日本へ働きにいったという者が数人いて、彼にとってそれは「ジャパニーズ・ドリーム」で、そういう生活を夢見ているようだ。

だがケムさんは三十半ばのオッサンだし、日本語はできないし、金はないし、オシャレでもないし、ユーモアのセンスがあるわけでもないし、車もバイクもないし・・・・、の、ないない尽くしである。素晴らしい才能と思えることは、「人見知り」の反対、誰にでも声をかけ知り合いが多いということ。話し上手というわけでないが、とにかく正体不明のままヌラっと相手に切り込んでいき、ヒヒヒと笑う。想像しにくいと思うが、そういう人なのである。

ケムさんと初めて出会ったのはどこだったか、はっきり覚えていない。多分、ワット・プラシンの境内の休憩所であろう。そこに行くと、日本語を勉強したい若者が集っていて、なんとなく仲良しグループのようなものが形成された時期があった。夕暮れ時、「みんなで飯でも行こうか」という話になると、ケムさんも存在感を消したまましらっとついてきて、タダ飯を食べて、じゃあねと解散する。「なんだろう、あの男は」と不思議に思っていたが、何年たっても(10年以上たっても)そのキャラのままである。水木しげる先生の妖怪の解説書の中で「ぬらりひょん」という妖怪のボスがいるのを思い出す。その妖怪は、みんなが忙しくしている夕暮れの時間帯に、勝手に人のうちに入り込んでタバコを吹かしたり茶を飲んだりして、自分の家のように我が物顔で振る舞う。追い出すに追い出せず、その家にいつのまにか居着いてしまうという。「だからなんなんだ」ともいえる妖怪だが、ケムさんも「ぬらりひょん」と同族の妖怪に見えなくもない。

ケムさんのご家族の方は、彼のことをどう思い、どう扱っているのかは不明だが、ケムさんはこの調子でフラフラ生きていくのだろうか。どういう将来のプランを持っているのか聞いてみたくもあるが、想像するに、何も考えていないに違いない。「ウヒヒヒ」と笑ってまさにケムに巻くのであろう。そうはいっても、人類が定住生活を初めて10万年、長いスタンスで人類史を見てみれば、将来のことを考えない人間のほうが自然で健康的であるともいえる。とにかく現代は不安を煽る時代であり、「金が全てであり、金がなかったら人生もう終わりです」と拝金主義的思想を背景に脅す時代でもある。

将来のことを不安がる人は、是非ケムさんに弟子入りしたらいいと思う。言葉で伝達する知識はほとんどないと思うが、なんとなくラクな気持ちになると思う。「こういう生き方もありなのか」と。しかし「この人、大丈夫か」と別の不安がよぎるかもしれない。

ケムさんに弟子入りを志願したい人は、彼に幾ばくかのお布施をお忘れなく。
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2017年08月01日

木を守ろう

建築現場で、
普通なら(日本の常識なら)木を切り倒してから建物を建てるはずだが、ここはお寺の敷地内だからか、木のスペースを残したまま骨組みを作っていた。
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木にたいしての殺生を慎んでいるだろうか。仏教の説く慈悲心がにじみ出ている写真である。

が、待てよ。
木の幹が成長して太くなったらどうなるのか?
鉄骨の枠はほとんど幹の幅スレスレである。数年後には確実に木の首が絞められてしまう。それに建物が損傷する危険もある。

こんな小細工で、木を守ろうとする試みは中途半端な感じがする。本当に木を守りたければ、初めからそんなところに建物を建てなければいい。

タイの社会を観察すると、建物、商品、料理――、あらゆる分野でいえることだが、中途半端なことが多いように思える。仏教の説くところの「中庸」の実践であればいいのだが、思慮の浅さとメンド臭さが中途半端を生んでいるとしたら、未来に問題が先送りされると思うのだが・・・。すべてはマイペンライで済まされてしまうのか。
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2017年07月14日

Since 中間報告

「シンスGo」と一口にいってもなかなかわかりづらいだろうから、簡単に説明すると、「ポケモンGo」はポケットモンスターを収集するゲーム。シンスGoはSinceを収集するゲーム、こんな感じだろうか。

「そんなことして何が楽しいの?」
そう問う人がいるであろう。この問いに簡潔に回答するなら、
「山があるから山に登るんですよ」てことか。
音楽聞いて何が楽しいの? 魚釣りして何が楽しいの? 俳句作って何が楽しいの?――、実に野暮な質問である。人生を楽しめるかどうかは、世に当たり前に在る機微に対する理解があるかどうかにかかってくる。まだ歳の若いボクチャン、人生を深く味わいたかったらSinceを集めることをおすすめする。そうすれば君は「ウホ、おもしろい」と目をか輝かせるか、「だからなんなんだ」とふてくされるか、どっちかだろう。何ごとでもそういうもんだ。

それはさておき、

今年(2017年)も半分を過ぎて、先日、今年のサイシンス(最新ス)をとうとう発見した!
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これは場所はショッピングセンターMAYA横の店の集まっているエリア。看板は高い位置にあり、逆光も強かったが意地で撮った一枚。メデタシ。

サイシンスを紹介したので今度は、サイコシンス(最古シンス)の紹介。
ショピングセンターMAYAで発見した一枚、時計屋だったか。
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なんと19世紀シンスである。とうとうシンスは江戸時代に突入した。これ以上より古いものはもうないだろうと思っていたのだが、先日、カオマンガイの店に飾ってあった古い看板の一枚になんと18世紀シンスがあった!
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とうとうシンスは産業革命以前にまで突入した。
このビールの絵柄、いかにも古臭くていい感じである。これは揺るがぬサイコシンスだろうと思っていたら、その数日後、喫茶店で何気に飲んでいた紅茶のTパックの紙の持ち手の部分にそれよりも古いものを発見!
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1706年といったら、将軍綱吉の時代だろうか。生類憐れみの令があったころトワイニングは紅茶を作り始めたのか。小さな民家の暗がりの部屋で百姓の老夫婦が茶葉を大事そうに保存する光景が瞼の裏に浮かぶ。歴史だなあ。

1706年以上のサイコシンスはさすがに見つからないだろう。
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2017年06月09日

騒音と難聴と引っ越し

タイでは報告もなしに突然何かが始まることがよくある。

長年住んでいたアパートのオーナーが一昨年の暮れぐらいに突然変わった。次のオーナーは何の連絡もなしに家賃を値上げしてきた。さらに上の階を突然工事し始め3週間ぐらいひどい騒音に悩まされた。改革はまだまだ終わらず、数ヶ月前、オーナー氏は隣の家の土地を買い取り、そこにまた同じようなアパートを建て始めた。タイは日本のように工事が合理的に進まず、建物を立てだすと1年では終わらない。毎日騒音と埃である。さらに駐輪スペースを潰し、そこに客も来ないだろうに喫茶店を作った。おかげでバイクは雨ざらしになってしまった。アパートの住民は何もいいことがない。

そして5月になり、今までも随分建築騒音に耐えてきたが、金属を切断する音、コンクリートを叩き割る音という耳をつんざくような音がけたたましく響く工事に突入した。ある日曜日の朝、目覚めたら難聴になっていた。左耳だけだが耳に水が入っているような感覚であり、ある周波数の音だけキンキンと響く。

「引っ越しだ!」
決意が決まった。
このアパートは6,7年もいて慣れすぎていたため、引っ越しするのを億劫に思って行動に移せずにいたが、さすがに難聴になってしまい、どうしても出なければいけないと運命を感じた。さらに、インターネットの接続も悪くなり、使えないことを大家に連絡すると、初めのうちはいろいろサポートしてくれが、それでも使えないことがわかると、「オレはインターネットの専門家じゃないからわからない。日本のサイトはサーバーが外国にあるから使えないんだろうな」とわけのわからないことを言い出し、責任を放棄してしまった。

さすがに腹が立った。
家賃はあと半月残っていたがすぐに引っ越していった。

なるだけ静かそうな場所、そして便利な場所を入念に調査して引越し先を決めたつもりだった。が、引っ越してきて、はたと気づいた。ここはチェンマイ空港の滑走路の真後ろ、飛行機が離陸する際の通り道である。ゴーと激しい音が降り注ぐ騒音地帯であった。部屋を内見したときは飛行機が飛んでこなかったので気づかなかったが、もう遅い。スマホのアプリの騒音計測器で音を測ると、計測器のMAXの88デシベルであった。パソコンで動画を見ていても、飛行機が飛んで来るとまったく音が聞こえなくなる。チェンマイ空港を利用する飛行機が日にどれほどあるか全く知らなかったが、ここにきて初めて頻繁に飛行機が出入りしていることに気づいた。1時間に2,3本は出ている。激しい時間帯は数分おきに飛行機が飛び立つ。

引っ越してきて最初に見た夢は、戦時中爆撃機が空を飛んでいるという暗い夢だった。不快な音でそんな想像を脳は作り出したのだろう。寝る際は窓を閉め、耳栓をして寝なければいけなくなった。

引っ越して翌々日、朝起きたらまた難聴になっていた。寝ている際に轟音を聞かされると難聴になるようだ。すぐにオーナーに事情を話し、すぐに今月の終わり頃にまた引っ越す旨を伝えた。オーナーは親切な人で保証金(本当は6ヶ月以上住まなければいけない契約)を半分返してくれると言ってくれた。

そして5月の末にまた引っ越した。1ヶ月に2度の引っ越し。なかなか落ち着かせてもらえない。

次の引越し先は、飛行機の音がマシになった。まだ音は聞こえるが、難聴になるほどのレベルではない。値段は上がったが・・・・。

チェンマイは市内から空港が近く、「便利だなあ」ぐらいにしか考えていなかったが、一部の地域の市民たちは騒音被害に遭っていることに、騒音被害にあって気づいた。便利さの裏には、やはり何か黒い影が刺すものである。「便利、安全、快適」、それに「経済発展」も付け加えよう。それらは日本がスローガンにしている絶対的な『善』といえるものだが、それらによって何が失われるのかよくよく考えなえればならない。いいことがいことだけであるとは絶対ないのだから。

できたら今度は、自然の中でひっそりと暮らしたい。

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2017年05月03日

茶色い来客者

昼間は酷暑だったが夕方から雨が振り涼しくなった。だが、部屋の中は昼間熱せられた暑さがこもっており、窓を開けていてもなかなか涼しくならない。そこで廊下側のドアを開けると勢いよく風が通り抜け、一気に涼しくなった。
「おお、気持ちいい」

数分後ドアを閉めた。
「ん・・・?」
部屋の中に茶色くパタパタと飛び回る虫がいる。
「蛾か・・・・」

蛾は明るい光に寄ってくる。部屋の電気にひきつけられ入ってきてしまったようだ。部屋の電気を消して真っ暗にし、もう一回廊下側のドアを開けてしばらく放置した。廊下の明かりに誘導する作戦だ。

もう廊下の明かりへ飛んでいっただろうとドアを閉め、電気をつけて何の気もなくしばらく床に座っていると、脚がモゾモゾとコソばくなった。部屋にはアリがたくさん大活躍しているので、このようにアリが足元に這い登ってくることがよくある。立ち上がってズボンをパタパタはたくと、ズボンの中から落ちてきた虫はアリではなく、ゴキブリだった・・・・。

「ウキョ!」、若い頃なら飛び上がっていたかもしれないが、オッサンになったいま、驚くことすらメンドくさく、「ああ・・・」と小さく嘆息し、ボンヤリとゴキブリが走り去るのをただただ見つめていた。先程部屋に入ってきた蛾だと思った虫とはゴキブリだったようである。

そのゴキブリは、普段見かけるような細長い形ではなく丸いコインのような形で、素早く走り回るだけではなくパタパタと自在に飛び回り、さらにはホバーリングするかのように羽をパタつかせながら走るという高等テクニックまで身に着けている芸達者な奴である。あまりの素早い動きを老いた眼で追うことだけで大変で、新聞紙を丸めて握りしめたところで退治できそうにない。

しばらく動き回るゴキブリをほうっておくと、床の都合のいい場所でピタリと動きを止めた。チャンスである。乾いた雑巾をムチを振るうが如く振ってかぶせると、逃げられることなく雑巾の中に入った。雑巾もろとも掴んだまま廊下に出て雑巾を振ると、ゴキブリは勢いよく走り去っていった。潰れることなく生きていたようである。なんという生命力。

部屋は平和を取り戻した。
「――招かざる客」
しかし考えてみれば、自然というのは、画に描かれた美しい風景ではなく、いろんな生命がうごめいている混沌とした状態であろう。この招かざる客もニンゲンにとって迷惑な存在であっても、自然ににとっては重要な存在なのかもしれない。排斥するればいいというわけでもなさそうである。

合掌 南無阿弥陀仏

posted by 逍遥居士 at 19:25| Comment(0) | 徒然なるエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする